Googleがヘルスケア事業を立ち上げAppleが健康管理アプリをリリースする本当の理由
2014年6月2日のAppleの開発者イベントにおけるプレゼンテーションで、iOS 8の健康管理アプリHealthと、開発者ツールHealthKitが発表されました。
WWDC 2014:iOS 8のHealthアプリ発表。健康・フィットネス情報を集約管理。アプリや機器間で共有連携
いまのところは私たちの健康情報が、自分の手の届かないところで勝手に使われることはなさそうだとはいえ、それももう時間の問題なのかなという印象を受けます。
この機会に私たちは自分の健康情報がどれくらい大切なものなのかを考え始めなくてはいけません。
なぜならば近い将来、私たちは企業に自分の遺伝子情報をささげなければ生きていけないという未来が来るかもしれないからです。
巨大企業が狙う医療研究の領域
昨年のニュースになりますが、2013年9月にGoogleがApple会長をCEOに迎えて、ヘルスケア関連の新企業「Calico」の設立を発表しています。
Google、老化と病気に取り組むバイオテクノロジー企業「Calico」設立 Apple会長がCEOに
ちなみにGoogleは以前から、唾液サンプルからDNA情報を解析し、病気にかかる危険などの医療情報を提供する23andMeという企業に出資しています。
Google出資のゲノム企業立ち上げ――Webベースの遺伝子情報サービス開始 Google出資の23andMe、カナダと欧州でも遺伝子情報サービス開始
要はGoogleという巨大企業が、個人の遺伝子情報の収集をする会社に出資しているということです。
また、MIT Technology Reviewで2013年最も革新的だった企業ランキング1位のIllumina(イルミナ)という企業があります。
遺伝子解析の分野で最先端をいく企業です。 Illuminaは自分の遺伝子情報を持ち運べるiPhoneアプリケーションを開発中であることが知られています。
遺伝子情報のサイズは巨大なので、とてもiPhoneで持ち歩けるレベルのものではありません。おそらく企業が提供するオンラインストレージに自分の遺伝子情報をあずけて、そこにアクセスするというサービスになることが予想されます。
いずれにせよAppleも遺伝子情報を収集するシステムを確立しつつあるということになります。
っていうか遺伝子情報ってなんの役にたつの?

ヒトの遺伝子の数は2万個以上あり、それらはすべてゲノム上の約31億の塩基配列によってコードされています。
そのような遺伝子情報だけが手に入ったとしても、それだけですぐに病気の研究に使うことができるわけではありません。
個人の遺伝子情報からわかるのは、これまでの研究で明らかになっている病気の原因となる遺伝子配列が、その個人の配列の中にあるかどうかであり、新しい発見につなげるのはなかなか難しいのです。
しかし、個人の健康情報や病気の情報を集めるプラットフォームを作り、それを遺伝子情報に重ねることができるようになれば話は別です。
膨大な人数の遺伝子情報と健康情報を組み合わせたデータを解析することで、病気の原因となる遺伝子配列を明らかにしていくことが可能になります。
分かりやすく言ってしまえば、病気の研究において個人の遺伝子情報は鍵穴、個人の健康情報や病気の情報はそこに差し込む鍵といえます。
この2つが揃うことで新たな病気の研究に役立つデータとなり、膨大なデータから確率的に有意な遺伝子配列と病気の組み合わせを抜き出していくことが可能になります。
その結果、この健康情報や病気の情報と遺伝子配列データを重ね合わせた情報は、間違いなく多くの特許や創薬に結び付き、巨大な利益を生み出すビッグデータとなることが予想されます。
巨大企業が目指す未来の医療
将来的にこのような研究が成果をあげていけば、遺伝子情報を調べてどのような病気になりやすいか、どのようなことに注意しなくてはいけないのか、すぐに分かるようになるかもしれません。
たとえば遺伝子情報で病気の予防をした例で有名なのは、乳がん予防で乳房を切除したアンジェリーナ・ジョリーの例がありますね。
アンジェリーナ・ジョリーさんが両乳腺切除手術 遺伝性がん予防で
いまのところ病気を予防できるような遺伝子情報は非常に限られていますが、将来的にたくさんの病気が、遺伝子を調べることであらかじめ予防ができるようになるかもしれないわけです。
そうなると、巨大企業が目指す未来の医療では、私たちの健康に役立つ情報であふれているのは間違いないかもしれません。
遺伝子情報による病気の予測が起こす問題
しかし、この遺伝子情報から自分の未来の病気がわかるという世界は、いくつかの重大な問題を持っています。
何より一番大事な問題は、遺伝子情報から予測されたあなたの未来の健康情報を、一つの企業が握っているという問題です。 遺伝子情報から導き出される健康の情報は、就職や生命保険、がん保険の加入に関して不利に働く可能性のある情報です。
つまり、私たち個人の人生を左右する可能性のある情報です。 こういった情報を一つの企業が握った場合、個人にとって不利に働かないように、誰がどのように保証するのかという点に関して、まだまだ整備が不十分です。
実際に、個人情報の漏えいは今日でもたびたびニュースになっていますが、遺伝子から解析した病気にかかる危険性の情報が漏えいしたときには、被害者の人生に対する影響は計り知れないといえます。
私たちの健康情報を握るのが大企業でよいのだろうか
ちなみに前述の23andmeという企業は、サービス内容が医療機器として規制監督の対象になるとして、米食品医薬品局(FDA)から検査キット販売の停止を求められました。
提訴された「23andMe」、遺伝子分析による医療情報提供を停止
現在は23andmeは医療に関する情報の提供はやめたものの、遺伝子情報そのものと、遺伝子から分かる祖先に関する情報の提供は続けており、医療情報の提供以外のサービスによって個人の遺伝子情報の収集を続けています。
現在、23andmeのサイトでは、医療関連の報告を提供していない旨の注意書きがありますが、遺伝子解析のオーダーは可能です。
依然として一つの企業が個人の遺伝子情報を着々と収集しており、一方でその企業と関連をもつ大企業がヘルスケア事業を立ち上げたり、個人の健康情報を収集するアプリを開発しているという現状があるわけです。
これらの事業がすべてきれいにつながると、おそらく世界中における医療や健康管理の方法は根底からひっくり返り、近い将来、いくつかの巨大企業が個人の健康を管理する時代がやってくると考えられます。
そしておそらくその世界では、いくつかの巨大企業が私たちの健康にとって役に立つ情報を提供する一方、私たちは自分の遺伝子情報を個人情報漏えいのリスクにさらして企業に差し出さなくては、健康に関する恩恵を受けることができないのです。
まとめ
ヒトの遺伝子配列の解読が2003年に終了して以来、どの遺伝子配列がどのような病気に結び付くのかを明らかにするため、世界中で熾烈な研究の競争が行われています。
そして、GoogleやAppleなどの巨大企業が、遺伝子情報と健康情報を収集をするプラットフォームを築き上げ、この領域を支配するべく、着々と準備を進めています。
自分の健康情報を企業にあずけるということが、自分にとってどういう影響をもたらすか、いい面と悪い面の両方をあらかじめ私たちは知っておかなくてはいけないと思います。