医者になってみたら「医者の不養生」の意味がいろいろと考えさせられる

医者が病院にかかるときは?

よく医者の不養生っていいますよね。意味は下記のとおりです。

【医者の不養生】 人に養生を勧める医者が、自分は健康に注意しないこと。正しいとわかっていながら自分では実行しないことのたとえ。出典:デジタル大辞泉(小学館)

辞書の解説を見るとそのままの意味ですが、自分が医者になってみて、どうもこの言葉の裏側にはもっといろんな意味が詰まっていそうだと感じるようになりました。

「医者の不養生」は実際に自分のまわりでもよく目にするのですが、自分が医者になって初めて「医者の不養生」という言葉の、現代社会で使われるべき本当の意味がわかった気がします。 ちょっとこれについて書いてみたいと思います。


医者は具合が悪くなったときに相談しにくい環境で働いている

「医者の不養生」の意味として「正しいとわかっていながら自分では実行しないこと」とありましたが、じゃあなぜ自分では実行できないんですかね?と考えたときにいろいろ思い当たることがあります。

「医者は忙しいから」みたいな定型的な理由もあるかもしれませんが、私が思い当たった理由はそれ以外に三つあります。

まず一つ目が、「医者だからこそ医者に相談しにくい」というのがあります。

おそらく多くの人が、医者は病院の中にいるのだし、具合が悪くなったらすぐ他の医者に診てもらえるし、検査もしてもらえるというイメージを持っていらっしゃるかと思います。

半分はその通りだと言えなくもないのですが、実際は「具合が悪くなったときに相談する」というのがけっこうネックになっています。

同僚、知り合いなどに雑談交じりに相談しても、そこに医学的な責任は生じませんから、きちんと治療を受けるならきちんと診察、検査を受けてカルテに記録を残さなくてはいけません。

内科医が眼のことで眼科に相談するとかならばいいのですが、自分の領域とかぶるような内容だと、どのタイミングで真面目に受診するか、つまりどのタイミングできちんと診察、検査を受けてカルテに記録を残すようにするかがけっこう難しいのです。

難しいというか、実際のところはおそらく通常の人が病院に行こうと判断するタイミングよりもかなり遅れがちになります。

ささいなことで同僚に時間を取らせるのも悪いし、とか、自分で対処できないのが恥ずかしいという気持ちが働いて、本来であればちょっとしたことで受診するのが望ましいのに、ちょっとしたことでは受診できないのが医者なのです。

医者はちょっとしたことで受診できない?

医者が自分の病院にかかると守秘義務が機能しない

二つ目の理由は、身内だと守秘義務がいまいちきちんと機能しなくなるという問題です。

どういうことかというと、医者が自分の病院を受診すると、周りにすぐ広まってしまうという問題です。

たとえばあなたが病院にかかって病気であることを診断されたとしましょう。

そして次の日会社にいくと、職場のみんながそのことを知っていたらいやですよね。

そのために守秘義務があって、医療者は患者さんの情報を外に漏らさないようにしているわけですが、医者が自分の病院で診察を受けると、そういった守秘義務は現実はあってないようなものです。

情報を病院の外に漏れないようにしたところで、病院自体が自分の職場なので、診察を受けたことを自分の職場の人にわからないように受診するというのはなかなか難易度が高いかと思われます。

最近ではカルテの電子化も進み、その日に受診した人のリストをチェックするのも簡単です。 そんな中に知っている名前があったら、とりあえず見てしまうような人間もいないわけではないでしょう。

その結果として多くの場合に、医者が自分の勤務する病院で診察をうけると、自分の病気の情報は職場であっというまに広まることになります。

それもあって、自分の病院にはかかりたくないという医療者もいたりします。つまり病院にいるからといって、気軽に受診できる環境とは言えないわけです。


医者の健康に関しては周りがいろいろと言いにくい

三つ目の理由は、医者は健康に関して自分1人でなんとかしようとしがちであるという点です。

たとえば、不摂生をしている医者がいても、当然ながら周りの人間はいろいろ言いにくいでしょう。

特に偉くなってしまえばしまうほど、下の医者の外来にかかるなんて恥ずかしくなりますし、周りも口を出しにくくなります。

かといって自分でなんとかできるかというと、薬の量を調節して、定期的に検査をしてというのは自分でできることではありません。

偉い先生が自分の処方箋を他の医者に作らせて、そのようなことをしているのを見たことがないわけではないです。

しかし、特に生活習慣病に関しては必ずと言っていいほど自分で処方した薬の量は少なめになります。そんなんできちんとコントロールできるはずがありません。

誰か他の医者に医学的責任を負ってもらって、厳格に管理してもらうのが体にとっては一番いいのは間違いないです。

医療者ではない場合、高血圧や糖尿病の患者さんでは家族に言われて来ましたとか、会社で病院に行くようにいわれましたという人がけっこういらっしゃいます。

おそらく残念ながら、高血圧や糖尿病にかかっている医者に対しては、そもそも周りが声をかけてくれないケースが多いでしょう。 結果として、病気が進んでからやっと他の医者の診察を受けたりということになってしまったりするわけです。

 

手遅れにならないようにするのが大事なのですが・・・

 

現実の「医者の不養生」は奥が深い

つまり、実際に起きている医者の不養生というのは、「単純に忙しくて自分の健康に気を配れない」だけではなくて、医者という職業の特性や職場の人間関係などの社会的要因によって起きている出来事だと思うのです。

職場の人間関係で受診しにくい状況であったり、健康に関して周りの人間が助言しにくい職業であることが影響していたり、社会的な障壁のせいだったりしていて、「医者の不養生」はなかなか奥が深い現象なのだなと感じました。

こういった問題は、医者に限らず他の職業でもおそらく似たような問題があるんではないかと推測しています。

特に専門的知識をもって助言するような職業は、自分のところの問題を扱うとなるとなかなかシステム的にスムーズにいかないこともあるのではないかという仮説です。

他人のことに関してはプロとして助言したり、明確に仕事と割り切って対応できるのですが、自分の問題に対応しようとすると思った以上に障壁が多くてうまくいかないこと、けっこうあるのではないでしょうか。

医者の不養生の意味は深いです・・・

まとめ

誤解を避けるために言っておきますと、この記事は医者の不養生を環境のせいにするつもりで書いているわけではなくて、医者の不養生にならないためには、自分のほうから自らが置かれている状況に注意しなくてはいけないのだなと思ったわけです。

多くの場面で「医者の不養生」を引き起こされるのは、普段助言する側にいる人間が、自分が置かれている環境のために助言を受ける側に回りにくいというのがどうも実際にあるように思います。

そしてこの問題は医者の話に限らず、いろいろな職業、いろいろな場面に当てはまると思います。 私も「医者の不養生」にならないよう、気を付けていきたいと思います。