医療における「治療拒否の同意書」が存在する意味を考える

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治療拒否の同意書に関する記事がありましたので取り上げてみます。

両側乳がんと診断され手術が必要であると医師から告げられた女性が、家族と相談ののちに手術を受けないことを医師に伝えたところ、治療拒否に関する同意書の署名を求められたというニュースです。

がん:全摘出手術に迷う患者 医師から「治療拒否」同意書 – 毎日新聞 

この記事のなかでは、実際に女性は戸惑いながらもその同意書にサインをしたと書いてあります。


手術以外の治療も受けられないという記載

まず、この同意書の書面を引用させていただきます。

今後乳がんに関する□□病院での治療につき自己意思でもって一切受けないことに同意をし、転移・病状の悪化時および緩和治療などの一切の当院での治療については今後受けられないことについても同意するものである

実際のところ当事者間でどのようなやり取りがあったのかは、この記事だけでは判然としません。

しかし、記事の中で十分なインフォームドコンセントがなかったとあり、患者側がそう感じている以上、病気に関する情報は患者に十分伝わっていなかったのだと思います。

ただ、もっと説明や説得の余地があったのではないか、納得できる形で治療を受け入れてもらう方法があったのではないかについては、実際どれほどの時間をかけての説明が行われたのかわかりませんので、これだけの情報ではなんとも判断できません。

詳細がわからない状態で推察を交えながら、どちらか片方を擁護するという意図は可能な限り排除するよう努力して、なるべく客観的にこのニュースを考えてみたいと思います。

ただし私は医療者ですので、そちら側からの視点が中心になってしまうことはご了承いただいた上で、以下をお読みいただければと思います。

同意書は将来的な訴訟リスクを避ける目的であったと考えられる

おそらくこの医師は治療によって完治が望める状態でありながら、患者を説得することができなかったため、将来的に訴訟となるのを避けたかったのだと思われます。

過去の事例では、大動脈弁閉鎖不全症及びうっ血性心不全で医師から入院を勧められた患者が、多忙を理由に入院拒否し死亡したケースで、遺族がもっと説得をするべきであったと裁判を起こし、裁判所が医師の過失を認めた事例があります。

入院指示に従わない患者の死亡 ~療養指導方法の説明・説得の範囲~- 民間医局 

一方で、説得に応じずに帰宅した患者が死亡した事例で、医師として十分な説得をしたということから医師の過失がないとした判例もあります。

酩酊して交通事故を起こして搬送された患者が、医師らの説明・説得に応じず検査の続行を拒否して帰宅後死亡。医師に過失は認められないとした地裁判決 – Medsafe.Net

何をもって「十分な説得であった」と判断するのは、確定的な根拠をつくるのが難しいところだと思います。

ちなみに上の医師の過失となった事例では突然死のリスクについての説明が不十分であったことが指摘されており、下の医師の過失がなかったとされた事例では医療者への反抗的態度がありそれ以上の説得は困難であったと判断されています。

どのような場合に裁判で過失となるのかをここで議論するつもりはありませんが、こういった裁判の例がある以上、今回のケースの医師は患者の治療拒否により将来的に病状が悪化した場合、患者本人または家族に訴訟を起こされる可能性を考え、患者が自分の意思で治療を拒否したという文書をつくるに至ったと考えられます。

仮に訴訟になったとしてこのような同意書がどれくらい法的に意味があるのかは疑問ですが、患者が治療拒否をしたという事実を文書化しておく意図があったのだと考えられます。


今回の同意書で問題と考えられる点

一方で、この医師の同意書をとった行為で問題とされそうなのは3点あるかと思います。

  1. 患者が自分の病態を正確に把握し、何が適切な治療であったのかを理解できていない以上、説明、説得が不十分であった可能性がある。
  2. 同意書で手術治療の拒否を文書化するだけでなく、同意書にはその病院におけるその他の治療を拒否する旨まで記載されている。
  3. 病院側は今回の同意書の存在を把握していない。

記事の内容から、個人的に問題がありそうだと思われるところを抜き出してみました。

情報が十分ではないので、以後の記述にはかなり推察が入りますが、その上での考察だとご理解いただいた上で読んでいただければと思います。

医師が説得をあきらめたタイミングの是非

1.については、記事の文面を全面的に信用した上で考えると、患者側が治療の必要性や治療によるリスク、セカンドオピニオンという選択肢、提示された治療を拒否した場合にどのような経緯をたどるのかなどを理解できていない状態で治療方法を選択しているように思えます。

具体的にどのようなやりとりがあったのかはわかりませんので、医師の説明不足を追求するつもりはありませんが、記事の記載のとおりであったとするのであれば、説明の余地があった可能性は否定できません。

なにより違和感を感じるのは、治療が必要な場面で患者側が治療が拒否するようなケースでは、トラブルを避ける目的もあって医師は必ず家族同伴のもとに説明をします。

今回のケースでは、患者が電話で夫とやりとりしたり、家に帰って相談したりという記載がありますが、家族同伴で医師とやりとりをしたという記載がありません。

このような将来的にトラブルとなる可能性が高いと考えられるケースでは、通常医師は必ず家族同伴で説明の機会を設けるのですが、なんらかの理由でその機会がなかったとすれば、何かそこに問題があるようにも思えます。

医師側の都合なのか、それとも家族側の都合でそのような機会が作れなかったため、医師側がこのような同意書をつくるに至ったという可能性も考えられますが、家族同伴で医師の説明を聞いていないとすれば、いずれにせよ今回のエピソードの背景にある問題の一つとして無視できないと思います。

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一切の治療を拒否する同意書内容の是非

2.の手術以外の治療も受けない旨が記載されていることについてですが、医師側の本音として一旦治療を拒否して将来的に病状が悪くなっから来るような患者は、なるべく診たくないというのが確かにあります。

既に一回治療を拒否されてしまっているので、今後も同様に医師側の提案に同意してもらえないことが繰り返されると予想されますし、そのような場合に医学的に責任を持って治療をするのは非常に困難になります。

実際のところ、一度治療拒否した患者が病状が悪化して搬送されて来たとしたら、良好な患者医者関係を再構築するのは並大抵のことではできませんし、トラブルとなる可能性が高くなることは容易に予想がつきます。

しかし3.にもあるように、病院でそのような規則があったわけでもなさそうですし、医学的に責任を持てないのでなるべく今後関わりたくないという意図のもと、当該医師個人の判断で上述のような文書が書かれたのであれば、やはり他に方法を探す余地はあったかもしれません。

患者が治療を拒否した場合に、どのような対応をするべきか、仮に患者の意思で治療拒否したということを文書で残すとすればどのような文面にするべきかという病院内の規範があったほうが望ましいと思われます。

このようなケースで患者側はどうすればよかったのか

これはあくまで個人的な意見ですが、上にも書いたように家族同伴で医師の話を聞きにいく機会がなかったとすればそれはなぜなのか、という点が非常に気になります。

仮に本当に家族同伴での説明の機会がなかったとすると、夫を含め家族が知り得た情報は、あくまで患者が自分で家族に説明した内容のみであり、診察室での説明の内容を患者はすべては家族に伝え切れていない可能性があります。

家族は医師から話を直接聞いておらず、すべて患者を通した又聞きとなっていると考えられます。記載では患者自身も十分に情報を伝えてもらっていないと自覚していますし、そのような状況下で家族に病状を自分で説明して話し合っても納得のいく選択ができる可能性は低くなります。

つまり、まず一つ、今回のケースで行うべきであったことは、医師に家族同伴での病状説明の機会を求めるということであったように思います。

そもそもこのケースでは夫が既存の医療に強い拒否を示しているような記載があり、患者は医師と夫の意見の間で板ばさみになっていたような記載があります。それが医師と家族の直接の面談ができていれば変わったのかどうかはわかりませんが、少なくとも最終的な決断への納得度は変わったかもしれません。

それともう一つは、やはりセカンドオピニオンに持ち込むことであったかと思います。記事の記載にある相談先の近所の開業医はいくら専門医といえどもエコー検査しかしておらず、患者に関する十分な臨床情報は得ていません。

患者が大きな病院で手術といわれたがそれを拒否をしてやってきたという情報をもとに、医師が現在の保存的治療を提示した可能性が高いと考えられます。情報がそろわない状況では、どんな名医であれ医学的に最良の選択をできる可能性は低くなります。

家族同伴でセカンドオピニオン先の病院を訪問し、他の医師の意見を聞くというのが望ましい選択肢であったように思います。

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まとめ

当然ながら医療は完璧なものではありませんし、最終的には治療を受ける利点と欠点をわかってもらった上で、患者自身が納得のいく決断をするのが、医療にとって、そして患者さんにとって大切なことだと思います。

治療方針に不安を感じたのであれば、その不安を取り除くために家族同伴で説明を聞く機会を求める、セカンドオピニオンを求めるというのが、現在の医療での現実的な選択肢なのではないかと思います。