なにやら血圧基準値で日本高血圧学会と人間ドック学会がもめている

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上の写真ほどもめているわけではないのですが、この2014年4月に日本高血圧学会が出したガイドライン血圧基準値人間ドック学会が出した基準値がズレていて、患者さんの誤解をまねく危険があると注目を集めています。

両学会が声明を出し合ったりして、こういった分野ではめずらしく、なにやらやいのやいのと盛り上がっている感じですが、ここはあえて冷静に見てみましょう。 この問題の根底を掘り下げると結構いろいろ興味深い側面が見えてきます。

今回のことは患者さんも高血圧に関わらない医師も知っておくべき問題だと思います。 最初に言ってしまうと、日本高血圧学会の基準値は、高血圧に対して治療を受けるべき基準値で、人間ドック学会の方は、人間ドックを受けた人の中で健康と考えられる人の血圧がどの範囲に分布していたかという値です。

それではこの両者の基準値に関して、具体的にいったいどのようなズレがあって、どのようなことが問題になっているのでしょうか。


ズレの種明かし:患者向けの基準値と医師向けの基準値という構図

まず初めにそれぞれの血圧の基準値がどういうものなのかということを押さえておかなくてはいけません。

上にも書きましたが、日本高血圧学会の治療ガイドラインの基準値(140/90 mmHg 2014年4月現在)は、高血圧に対して治療を検討しなくてはいけない血圧値です。つまり、医師に向けた高血圧の基準値なのです。

そして人間ドック学会の基準値(130/85mmHg 2014年4月現在)は、血圧値が異常だから病院で一度相談してくださいねという患者さん向けの基準値なのです。

両者はそもそも違った概念から作られた基準値であり、本来であれば同じになることが望ましいですが、違っていたとしても、それは作成方法が違う以上仕方がないともいえます。

いまのところは、人間ドック学会の基準値の方が低く設定されており、人間ドックや健康診断で血圧が異常だといわれて病院に来た患者さんに対して、医師が本当に治療が必要かどうか、もういちど検討するという構図になっています。 ですのでこれまでも両者の基準値はズレていましたが、別に大きな問題はなかったわけです。

同時期に高血圧治療ガイドライン新たな健診の基準範囲の発表

今回の一連のできごとの具体的な時系列ですが、2014年4月1日に日本高血圧学会は5年ぶりに高血圧の治療ガイドラインを改定し、高血圧治療ガイドライン2014を発表しました。

その中でこれまでより一部の人では治療目標がゆるくなったりなどの変更が見られましたが(詳しくは高血圧の治療がゆるくなった?|高血圧ガイドライン2014の治療目標をご覧ください)、高血圧の基準は従来通り140/90 mmHgと定めると記載されています。

その3日後、2014年4月4日に「新たな健診の基本検査の基準範囲 日本人間ドック学会と・健康保険組合連合会による 150 万人のメガスタディー」が発表されました。

人間ドック学会が発表したデータによると、血圧の正常の上限が147/94 mmHgという数値であったという内容になっており、日本高血圧学会の高血圧の基準より高い血圧値となっています。 これは患者さんを混乱させることになるので4月14日に日本高血圧学会が声明を出しました。


治療を受けるべきかどうかの基準は140/90 mmHg

日本高血圧学会での声明では、心筋梗塞や脳梗塞の予防のために、高血圧の判定基準は従来通り140/90 mmHgとして、それを超える人は生活習慣の改善を始めとした治療を受けたほうがよいのは変わらないとの発表です。

これは当たり前の話で、なぜならば人間ドック学会の発表した基準値は、今後の心筋梗塞や脳梗塞の発症率などの検討はいっさいされていないからです。 というか、人間ドック学会の発表したデータは、現時点では治療を始めるべき基準を決める裏付けをもった研究ではありません。

単純に、今現在健康な人の血圧がどの範囲に分布していたか、という話なので、今後この人たちの心筋梗塞や脳梗塞の発症率がどうなのかはデータには入っていないのです。

一方で、日本高血圧学会の治療ガイドラインは、実際に血圧がどれくらい高ければ治療を始める必要があり、それによってどれくらい心筋梗塞や脳梗塞の予防ができるか、という過去の研究に基づいて作られています。

高血圧治療を始める基準値ゆるくなってません

実際に4月7日の時点で人間ドック学会の方も、今すぐ判定基準を変更するものではないと声明を発表しており、注意してくださいね的なメッセージは出しているわけです。

しかし、血圧基準値がゆるくなったぞー!という感じで必要以上にニュースなどで取り上げられてしまっており、多くの人の誤解をまねいているのではないかと考えられます。

これまでの人間ドック学会の使用していた130/85 mmHgという基準値が、147/94 mmHgになると、日本高血圧学会の提唱する治療ガイドラインの基準値140/90 mmHgを飛び越えてしまいます。

そうなると「治療が必要な人を見つける」という人間ドックや健康診断の目的を果たせなくなるのではと思います。 データはデータで正確なのでしょうから、発表することになにも異論はありません。

しかしタイミングといい、もう少しなんとかならなかったのかなぁとも思えます。 というか日本高血圧学会と人間ドック学会は基準値決めに関しては、お互い相談して調節したりはこれまでもしていなかったということですかね。

患者向けの基準値と医師向けの基準値が逆転するとどうなる?

仮に今後、人間ドック学会の147/94 mmHgという基準値が人間ドックや健康診断で採用されたとすると、どうなるか考えてみます。

まず、ガイドライン上治療が必要であっても、そのために病院にかかるという人は減ると考えられます。 例えば血圧が145/90 mmHgの人は、治療ガイドラインでは心筋梗塞や脳梗塞の予防のために血圧を下げることが推奨されます。

しかし、人間ドックや健康診断では異常とはいわれないので、人間ドックや健康診断が血圧の治療を受けるきっかけにはならないということになります。

その結果、心筋梗塞や脳梗塞の予防のために治療が本当に必要かどうかとは別に、おそらく高血圧で薬を飲む人の数というのは減るでしょう。

高血圧で薬を飲む人が減ると医療費削減に働くことも確かで、そのような意図を持った力が働いているのではないかと考えてしまいます。

※2014/6/10追記 今回の一連の出来事が医療費削減を目的としているという記事があったので追記しておきます。 血圧、血糖値…新健康基準の衝撃 なぜ従来の正常値を大幅緩和?薬剤費抑制狙う健保 医療費削減は喫緊の課題であるとはいえ、現時点での医学的エビデンスを考慮すると、国民の健康を犠牲にして医療費を減らす政策になりかねないと思えますが、どうなるのでしょうか。

まとめ

今回の2つの基準値は根本的には矛盾するものではありません。人間ドック学会のデータは現実の血圧値の分布、日本高血圧学会の値は治療を始めるべき基準値です。

今後人間ドックや健康診断で今回の147/94 mmHgという基準値が本当に採用されて、治療ガイドラインの基準値との関係が逆転すると、脳梗塞や心筋梗塞の予防率がどうなるかは別として、高血圧の治療で薬を飲む人は減ると予想されます。

しかし、人間ドック学会のデータと、治療ガイドラインを科学的に正しく合わせて考察すると、世の中の多くの人は心筋梗塞や脳梗塞の予防のために、血圧を下げるべく治療を受けるべき、ということになります。

そして現時点での結論としては、人間ドック学会の基準値は「治療を受けるべきかどうかとはまた別」ととらえていただいて、治療が必要かどうかは日本高血圧学会の基準値に沿ってもらったほうがよいと考えられます。